《崖の上のはちぶん》
それにしてもものすごい地形をした場所だ。
すれちがいもできないほど狭い土の道路のすぐ横は切り立った崖だし、山肌が露出した所にはいかにも仙人が住んでいそうで、うっそうと茂る木々の中には妖怪でも住んでいそうな雰囲気のある風景だ。
そんな隘路をしばらく進むと、カーブの所で再び一行の車は停車した。
「またアカシアの観察か?」
と、車を降りれば、そこもニセアカシアの木が生い茂っていた。
ところが50メートルほど下の道沿いを見れば、リュウさんの車が1台の車を牽引してものすごいエンジン音をたてている。
そう、それは昨晩両親の養蜂の状態を見に山にあがってきた王松さんの乗用車で、深い溝にはまって立ち往生しているのであった。
そのときそこには視察の我々も含めて10名以上いた。
はちぶんはすぐに思った。
(あんなものはこれだけの人数がいればすぐに持ち上がるよ)
と。
それは僕が以前中国から学んだことだ。
というのは、中国では有り余る人の力を利用して、本来なら機械を使うところも全て人力でこなしてしまうという、すなわち人海戦術というものである。
思えば少し意味合いが違うが、北京オリンピックのあの開会式の人が織りなす機械的な芸術を見ただろうか?
何千もの人間が一糸乱れずひとつのことを成していた。
近づけば、スリップでタイヤのゴムが焼けるニオイと、ガソリンのものすごいニオイが辺りに充満している。
「みんなで押せばあがるよ」
と言ったが、日本語では通じるはずもない。
やがて別の車に変えて、今度は王松さんの車の正面に移動して引き出そうとした。
すかさずはちぶんは王松さんの車の後ろに回って押そうとしたら、近くの人たちも手伝ってくれ、溝にはまった車は雑作もなく脱出できた。
それにしても王松さんの車のタイヤの溝はすでになく、ツルツルだったことに苦笑した。
中国には車検というものがない。
一度車を購入したら、故障して動かなくなるまで乗り潰すのだそうだ。
切り立った崖の上にはちぶんは立った。
足をすべらせたら命はないだろう。
足元をのぞけば2、30メートル下の方には畑が広がっている。
その向こうにはアカシアの花、花、花―――。
周辺を歩いてその景色を写真におさめた。