《養蜂家王学銀さん一家》
車は広い麦畑が広がる民家のある前の道に静かに止まった。
いよいよ今回の視察の最大の目的、現地養蜂家とのご対面である。
↑地元の方が「いったい何事か?」といった様子で見ていた。
一軒目は先ほど一緒に食事をした王松さんのご両親のところである。
はちぶんはビデオカメラをひっさげ、車を降りた。
7、80坪くらいの広さの空き地に、2段の養蜂箱がずらりと並び、その上空をミツバチたちが音をたてて舞っていた。
聞けばここでは196群の巣箱を扱っており、ここに来る前は3月、家のある四川省で菜の花蜜を採蜜し、その後湖北省に移動してそこでも菜の花を採った後ここに移動してきたのだと言う。
ケンちゃん社長はさっそく王学銀さんと握手を交わすと、巣箱の状態を見てまわり、その中のひとつの箱の蓋を取って中の状態を確認した。
この後も数軒の養蜂家を訪ねる予定なので、ゆっくりしている時間はない。
ノッポさんの通訳で細かなことを尋ねているようだが、はちぶんはその様子を撮影するのに必死なのだ!
あご髭をたくわえた王学銀さんは、現在御年57歳。
養蜂歴35年のベテランである。
花の開花時期に合わせて住む場所を移動し、テントを張って採蜜をくり返しながら、奥さんと一緒に生活している。
今はこの辺りが一番の花の盛りで、この後、再び移動をして泾川の方へ行くという。
泾川といえば最初に行こうとした目的地ではないか?
(そうか、泾川はまだ花が咲くには早いのか)
視察場所の決定が当日のその日になってしまうほど、養蜂家の居場所を特定するのは難しいことなのだと、このときはちぶんは初めて知った。
広い蜂場には2段の巣箱がぎっしり並べられているわけだが、疑問に思ったのはその置き方。
鈴木養蜂場では巣門の方向を同じ方角に向けて整然と巣箱を設置するが、王学銀さんは“ロの字型”、つまり巣門をロの字の内側に向けて設置している。
聞けば、
「巣箱の置き方は、各養蜂家がそれまで蓄積してきた経験に基づいて決めている」
とのことである。
なるほど、そう言われてしまえば納得するしかない。
これが正しいという養蜂のやり方などないのだ。
また、中国式養蜂の特徴の一つに、ひとつの巣箱に女王バチを2匹入れて養蜂するやり方が一般的となっている。
中には6匹も7匹も入れて飼う養蜂家もいるということだが、そんなことができるのか?
と思ってしまう。
やり方としては、2匹の女王バチのうち1匹の方のフェレモンを出す器官を取って飼うのだが、そうすることによって一つの巣箱でより多くのミツバチを飼うことができるのだ。
鈴木式養蜂にはないやり方だが、それ以前に、日本ではそれほど大量にミツバチを養蜂するほどの蜜源がない。
また、女王バチの数によって採取される蜂蜜にどのような味の違いや影響が出るかまだ研究段階だが、いまのところミツバチを大量に飼うことを目的とした中国式養蜂に問題はないと考えている。
それより消費者に知ってほしいのは、
日本のスーパーなどで大量に扱われている濃縮蜂蜜や加糖蜂蜜は、いったい蜂蜜生産過程のどの段階で決められているのか?
ということである。
実は答えは簡単で、いま我々がいるこういった養蜂家さん一人一人の採蜜方法にあるのだ!
もっと具体的にいうと、ごくおおざっぱだが、
養蜂家さんが採取する蜂蜜が『完熟』か?『そうでない』か?
なのである。
『完熟』状態の蜂蜜を集めるには、通常5日から1週間という時間が必要とされている。
ところが、大量の商品を流通させたい業者は、より多くの蜂蜜を集めたいがために、契約農家に完熟になる数日前に採蜜させてしまう。
蜜源には困らず一つの巣箱にミツバチも大量にいるから、その方が採蜜のサイクルが早く、量もたくさん採れ、その分コストも安くおさえることができる。
そのカラクリを知らない消費者は、まんまと安い濃縮蜂蜜や加糖蜂蜜を買わされているというわけだ。
社長が巣枠を確認した時は、巣に蜜はたまっているが、蜜ぶたがかかるまで、つまり完熟になるまであと2、3日という状態だった。
濃縮蜂蜜だったらこの段階の薄い蜂蜜を採取してしまい、あとは熱して水分をとばして味を濃くして市場に運ぶのだが、鈴木養蜂場で扱うにはそういうわけにいかない。
「蜜ぶたがかかるまでもう2、3日待とう」
社長は次の巣箱をのぞきはじめた―――。
特に問題はなかったようだ。
次に、中国式蜜搾り体験だ。
いつも電動でやっている作業も、手動となるとけっこう新鮮な気持ちになる。
昨日西安の蜂蜜店で見たのと同じ手動式の遠心分離器に2枚の巣枠を入れて、グルグルと回してみると、底に蜂蜜がみるみる溜まる。
最後に缶ごと持ち上げて、容器に蜂蜜を流し入れた。
はちぶんも採れたての蜜を舐めさせてもらった。
甘い蜂蜜の味がしたがどうしたことか?
日本の蜂場で採れる蜂蜜は、食べると口中に“キーン、カーン”とした味覚を感じるのに、中国の蜂蜜はただ甘いだけで、“キンカン”としたあの独特の風味が感じられない。
社長は濃度のせいではないかと言うが、同じ完熟蜂蜜でこの違いはいったい何だろう?
一抹の疑問を残しながら、一家と記念写真におさまって、次の養蜂家のいる場所へ向かうため、はちぶんたちは車に乗り込んだ。
↑あまりにのどかな農村風景であでる。