《ニセアカシア群生地帯》
永寿服務区を出て、周囲はますます田舎になってくる。
ここまで来ればPM2・5の心配もないだろう。
車のフロントガラスには、黄色い液体でできた小さなシミが何か所にもついている。
「このガラスについた黄色い斑点はみんな蜂蜜ですよ」
と総一郎さんが教えてくれた。
蜂蜜を運ぶミツバチが、走る車にぶつかった際に飛び散った跡なのだ。
なるほど辺り一面にはニセアカシアが群生している。
その規模は日本の比ではない。
走れど走れど途切れることのないアカシアの風景が広がっていた。
ケンちゃん社長が面白い言い方をしていた。
「長野の北信地方では千曲川沿いにポツラポツラと小さなアカシアの林が申し訳なさそうにあるだけだが、中国は、北信地方でいう善光寺平一帯がすべてアカシアで埋め尽くされている!」
と。
(なるほど!分かりやすい!)
と感心するはちぶんだった。
まだまだ花はたくさん残っているが、当の養蜂家たちは更に花盛りの地へと北上してしまっているという。
一行はその後を追いかける形になっているわけだ。
「これだけあれば移動養蜂などせずに、定置養蜂でも十分稼げるのではないか?」
と考えてしまうのは日本の養蜂家の発想で、国土の広い中国では、花があっても道がなければ巣箱を置くことができない。
もっと重要なのは移動先での水の確保で、蜜が採れる間はテントで生活するわけだから、おのずと人里に移動することになる。
とはいえ、まさに宝の持ち腐れだ。
そこではちぶんは疑問に思う。
もともとニセアカシアの原産地は北米の方で、中国には自生していなかったはずである。
とすればこの辺り一帯に群生するアカシアはどこから来たのか?
そこは物知りの総一郎さんの出番である。
「もともとは植樹されたものです」
であるとするなら恐ろしすぎる繁殖力である。
日本でニセアカシアが特定外来種に指定されようとしているのも理解できないことでない。
要するに人と自然との共生を考えなければいけないということだろう。
陝西省咸陽市永寿県の道路沿いで、一行の車はハザードを点滅させ停車した。
中国では「省」が日本で言うところの「県」にあたり、中国で「県」といえば「市」の直轄下、つまり日本で言うところの「町」にあたる。
時間を見れば10時45分、ホテルを出てから2時間半経過したことになる。
ここでアカシアの花を観察しようというのだ。
車から降りた瞬間、アカシアの香りがプ~ンと漂ってきた。
(とってもいい香り~!昇天しそう)
はちぶんは咲くニセアカシアの花を写真におさめた。
日本の花と別段変わったところはない。
普通のアカシアの花である。
しかし咲いている面積規模が違うということを考慮に入れると、きっとこの地で採蜜されるアカシア蜜は、日本の物よりアカシアの純度が高いだろうと、小学生でも分かりそうな結論を導き出した。
では、なぜ、こんなに自然が豊かな中国で採れる蜂蜜が、日本では敬遠されてしまうのだろう?
これこそまさに、今回の視察で日本の消費者にお知らせしたい事なのだ!
はちぶんは、この巨大にして根深い魔物を前に、遥か彼方まで続くアカシア群生地帯をじっと見つめるのであった。