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ミツバチと共に90年――

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無題

くまさん

 

 健康に人一倍気を遣っていたのに、癌に気づかず手遅れになった父を家族揃って自宅で看取りました。気持ちの区切りに三年かかり、昨夏、自然を愛した父の遺骨を広々と明るい墓苑に樹木葬といたしました。
 月並みですが、亡くなって尚、日ごと父を想い出すことが多く、忘れていた古い記憶がどんどん蘇ってまいります。半世紀も前の想い出ばなし、場面は、母があまりに寂しくて泣いたと言う、東京オリンピック後の千葉県郊外住宅地です。
 あたりは雑木林が多く、私の夏休みは一日中探検でした。特製の蜜を塗ったクヌギの洞にはカブトやクワガタだけじゃなく、色鮮やかなカナブン、蜂、蛾、蝶、ルリ色に光るカミキリなど、あらゆる虫が群がっていました。
 隣の工務店は材木が立てかけてあって、今時は叱られるだろうけど、子どもたちの遊び場でした。時代がおおらかで、恵まれていたと、今しみじみと思います。宅地開発された郊外の不器用な自然は、まるで父そのものだった気がします。
 私が10歳の時、平屋から2階建になって弟と二人の子ども部屋、父母と妹が寝る隣の和室ができました。まだ平屋が多かったので、2階は日当たりが良く、冬でも日差しがたっぷり、屋根の上のベランダにはふとんも干せました。
 父は畜産農家の営業、黒電話が朝4時前からじりりん、お得意さんから父への依頼、結果、家族みんな朝が早くなります。朝が早くてつらくても、朝はパン。この時ばかりと、たっぷりハチミツが食べられる朝が好きでした。
 うちのハチミツは父が出張先で買ってきていたものです。その頃はローヤルゼリーの意味も価値もわからず、甘いハチミツだけが目当てで、しかもお得意さんからいただくような、特別に良いハチミツと知らずにたっぷり塗っていました。
 自然を愛していた父の口ぐせは『この世界、人間だけが生きてるんじゃない』、家族にも、酔ってテレビの番組にも、繰り返し、繰り返し。日が昇る前に起きて、夜は早く寝る、自分のことは自分でする、凛とした父でした。
 私は時に頑固な父にあらがってもいましたが、かなうわけもなく早起きする小学生でした。だから、二段ベッドに置いてあったふかふかのふとんにもぐり込んで寝てしまいました。とても気持ちよくて、ぐっすり眠りました。
 痛みで目が覚めると、うでに蜂がいました。刺されたのかしら?とぼんやりしていたら、また目の前で刺されました。怖いもの知らずだった私へ、自然からの警告。今まで雑木林で蜂を見ても怖くなかったのに、もうダメでした。
 さて、三つ子の魂百まで、とはよく言ったものです。蜂は相変わらず怖いですが、今朝もパンにハチミツです。長い間のめまいから覚めて、働けるまで回復した”つれあい”とすこしづつ大切に塗ります。世界パンデミックですが、二人で”パンで蜜”の今がしあわせです。

 

(完)

 

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