はちみつ家 > 蜂蜜エッセイ

ミツバチと共に90年――

信州須坂 鈴木養蜂場

はちみつ家

Suzuki Bee Keeping

サイトマップ RSSフィード
〒382-0082 長野県須坂市大字須坂222-3

 

蜂蜜エッセイ応募作品

秘密

伊東美香

 

 南向きの教室の窓からは、暖かな日差しがよく差し込んでいた。南の端から二つ目、前から三番目の私の席の机の上も、太陽の光のせいで白いノートが光に反射して、何を書いたのか見えないくらいだった。家から近い公立の小学校に入学したばかりの私は、担任が新米の女の先生だったことや、前の席の女の子が何度も振り返って話しかけてくることに、すっかり安堵して小学校生活をスタートしていた。全開の窓からは、暖かい日差しと一緒に時折スっと涼やかな風が入り込んだりして穏やかな空気が流れていた。私はそのことばかりを気にしていたので、授業は上の空だった。南のテラスの植え込みには白やピンクの花が咲いていて、休み時間になると友達は全員そこで遊ぶのだ。「次の休み時間こそ、私もやる」私は心を決めていた。私の前の女の子や、ちょっとやんちゃな男の子の新しい筆箱の中には蜜蜂が何匹か入っている。消しゴムを入れる小さなスペースにペットだと言って入れている。テラスの植え込みの花に蜜を吸いに来た蜜蜂を捕まえて、その羽をむしり取り飛べなくしてコレクションしているのだ。それが筆箱に入っていることは、ステータスだった。蜜蜂を手で捕まえることと、羽根をむしることができる人は、できない人より強いのだ。だから、私も次の休み時間に小さなペットを手に入れないと仲間に入れない。休み時間が近づくにつれ、緊張して来た。さっきの休み時間に、蜜蜂をこれまでにないくらい間近で観察した。黄色と黒の縞々模様のお尻にフワフワの首飾り。半透明の羽は見えない速度で小さく動いて、花に群がっている。なんて可愛らしいのだろう。あれを手に入れたら、私も強い人の仲間になれるし、小さなペットが消しゴムの代わりにここに入っていたら、退屈な授業も楽しくなるに違いない。だって、大人には知られてはならない秘密は最高にエキサイティングだ。だけど、私に出来るだろうか?蜜蜂を手で捕まえて、羽をむしるなんて。考えるだけでドキドキして来た。でも手に入れたい。可愛いアレを…。
 その時、担任の教師の大きな声がひびいた。
 「何を入れているんですか!」
 羽のない小さなペットを十数匹消しゴムスペースに入れていた男の子が、この小さな秘密を大人に見つけられてしまったのだ。もう秘密は、ただの蜜、ただの蜜蜂になってしまった。もちろんこの行為は禁止され、蜜蜂の働きについてや命の大切さを教師は訥々と説いた。私は、安堵と残念な気持ちで、やっぱり上の空だった。今は、蜂蜜を料理の隠し味に使っている。蜜蜂の秘密は蜂蜜の秘密に変わり、その琥珀色の輝きに昔の記憶も封印されている。

 

(完)

 

蜂蜜エッセイ一覧 =>

 

蜂蜜エッセイ

応募要項 =>

 

ニホンミツバチの蜂蜜

はちみつ家メニュー

鈴木養蜂場 はちみつ家/通販・販売サイト

Copyright (C) 2011-2024 Suzuki Bee Keeping All Rights Reserved.