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蜂蜜エッセイ応募作品

香りの記憶

阿部友子

 

 母は、食の素材にこだわる人だった。
 私が物心ついた時もう贅沢をできる状態ではなかったけれど、お米、肉、魚など味のいいものしか買わなかった。
 子どもとしてはそれよりも、目新しい洋食を作ってほしかったが言えなかった。見えない壁を感じていたからだ。
 母の目はいつも長女だけを見ている。だんだん冷めた心になっていった。
 ただ小学生の時の運動会は楽しみだった。
 海苔巻きやフライ、フルーツ寒天、すべて手作り。絶品だった。
 関西育ちの母にとって、心ならずも北海道に骨を埋める覚悟を持ち生きているが、行事やお節料理などには何か譲れない強い想いがあるのではないか、と感じられた。
 本好きでボーっとした小学生時代の思い出には通学路もある。
 アカシヤ並木をゆっくり歩くのがとても幸せだった。あのかぐわしい香り。思いっきり息を吸って歩く。誰にも話さない自分だけの楽しみ。
 樹木名を知ったのは大人になってから。正式にはニセアカシア。アカシアとニセアカシアが違うことも。でも札幌育ちの私にとってアカシアといえば、あの美しい白い花を咲かせる木だ。
 人間の記憶に最後まで残るのは嗅覚だという。
 他の町に住み、ふっとアカシヤの香りがした時、思わず立ち止まった。
 泣きそうになり札幌に帰りたい…と。
 蜂蜜をよく食べるようになったのは結婚後だ。
 ある日母が、うれしそうに「これおいしいから食べてみて。」と持ってきた。「このアカシアのがおいしいのよ。」
 それまで蜂蜜に興味はなかったが、知人に薦められたと。
 見ると透明で綺麗だ。体にいいことは知っていたが、どろっとした食感が苦手だった。母も同じ理由で避けていたらしい。
 「こんな透明でさらりとしたのもあったのね…。香りもいいね。」と笑いあった。それから長い年月、どんな蜂蜜も好きになったが、結局アカシアに戻る。
 今は娘もハチミツといえば「アカシア蜂蜜」。
 帰省した翌日の朝食の会話はいつも同じだ。「やっぱりハチミツはこれだね。」「うん、おばあちゃんも好きだったよ」。

 

(完)

 

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