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蜂蜜エッセイ応募作品

ひとさじの蜂蜜が整えてくれる日々

糀谷終一

 

子どもの頃、蜂蜜はめったに口にできるものではありませんでした。家にあるのは砂糖が普通で、蜂蜜は風邪をひいた時や、父が出張の土産に小さな瓶を持ち帰った時だけ。ふたを開けると、甘い匂いの中に草や花の気配が混じっていて、指ですくうと糸を引く。その様子が不思議で、つい見とれてしまったのを覚えています。母は「これは身体にええから、ちょっとずつ舐めなさい」と言いました。薬だと言われても、子ども心にはずいぶんおいしい薬でした。

大人になり、年を重ねるにつれて、蜂蜜は少しずつ身近な存在になりました。若い頃は甘いものといえばケーキや菓子でしたが、今はそういう甘さが少し重たく感じます。その点、蜂蜜は後に残らず、量も自分で加減できる。トーストに薄く塗るだけで十分ですし、ヨーグルトにひと垂らしすると、酸っぱさがやわらぎます。何かを「食べた」というより、「整えた」気分になるのが不思議です。

忘れられないのは、知人に連れられて行った地方の朝市でのことです。年配の養蜂家が、地味な瓶をいくつも並べていました。派手な宣伝もなく、「今年は山の花が多くてね」と静かに話すだけ。味見をすると、甘いのにくどくなく、すっと消える。その時、蜂蜜にもこんな違いがあるのかと驚きました。それ以来、蜂蜜を見る目が変わりました。

健康のために何か特別なことをしているかと聞かれれば、胸を張って言えるものはありません。ただ、朝起きた時、白湯にスプーン一杯の蜂蜜を溶かし飲む習慣は続いています。理由は単純で、調子がいいからです。胃が温まり、声が出やすくなる気がします。車いすでの生活になってからは、体の変化に敏感になりましたが、蜂蜜を切らすと、何となく落ち着きません。

夜、咳が出る時や喉がいがらっぽい時も、少し舐めます。効き目がどうこうというより、「これでひと息つける」という安心感があります。健康の秘訣は、案外こうした気持ちの持ち方なのかもしれません。

瓶の底が見えてくると、次はどんな蜂蜜に出会えるか楽しみになります。土地や季節で味が違うのも面白い。人生と同じで、同じ甘さは一度きり。そんなことを思いながら、今日もゆっくり蜂蜜を味わっています。

(完)

 

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