平木 喫茶
昨年末、些細なことで朝から夫と口論になってしまった。お互い仕事が立て込んでいて、疲れていた。いつもならすぐに仲直りできるのに、その日の私はなんだか素直になれなくて、夫もまた、珍しくムッとした顔で自室にこもってしまった。静まり返った家の中で、重い空気が流れている。
「はぁ…どうしようかな」
昼食の時間はとっくに過ぎている。久しぶりに休みが重なったから、一緒にランチに行こうと思っていたのに。
私はキッチンへ向かう。冷蔵庫を開けると、先日作った蜂蜜レモンが目に入った。ガラス瓶の中、レモンの輪切りが蜂蜜にひたひたに漬かっている。
「なんで作ったんだっけ」
空腹でふらふらしながら、私は記憶を呼び起こす。そうだ。スーパーの値引きワゴンに、蜂蜜とレモンが並んで入っていたのだ。それで、夫の好きな蜂蜜レモンを作ろうと思いついた。夫とは一緒にランチどころか、お茶もしばらくできていなかった。
「これなら、飲んでくれるかな」
私は鍋にお湯を沸かして、ガラスのティーポットに紅茶葉を入れた。熱々のお湯をお玉ですくい、ポットに注ぐ。茶葉がゆっくりと開いていくのを眺めていると、張り詰めていた心が少しずつほぐれていくような気がした。残りのお湯でレトルトカレーを温めながら、お揃いのティーカップにハチミツレモンを数枚とそのシロップをたっぷりと入れる。紅茶を注ぐと、レモンの爽やかな香りとハチミツの甘い香りがふわっと立ち上った。
夫の部屋のドアをノックしてみる。ドアの向こうから、少し間を置いて「何?」と不機嫌で迷惑そうな声が聞こえた。でも、引くわけにはいかない。せっかく淹れた紅茶が冷めてしまう。
「蜂蜜レモンティー、淹れたんだけど」
沈黙の後、ガチャリとドアが開いた。夫は少し驚いたような顔で私を見ている。
「蜂蜜レモンティー?」
「うん」
私の後に続いて食卓についた夫は、好物のカレーではなく、ティーカップを見つめた。温かい湯気が夫の顔を包む。夫は一口飲むと、ふぅ、と息をついた。
「美味しい…」
その一言が、胸にじんわりと染みた。私も一口飲んでみた。レモンの爽やかな酸味と蜂蜜の優しい甘さが口に広がる。美味しい。
「ごめんね。さっきは私、言いすぎた」
「僕もごめん。作ってくれてありがとう」
私たちは仲直りした。その日は三時のおやつにも蜂蜜レモンティーを飲み、翌日からは晩ご飯の後、一緒にお茶の時間をとるようになった。
たった一杯の蜂蜜レモンティーが、私たちの間のぎすぎすした空気を溶かしてくれた。蜂蜜はまだたくさんある。次は柚子を漬けてみよう。夫は柚子も好きだから。
(完)
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