本多あにもる
「ニュージーランドのおじさん」がいた。
もう半世紀も前になる。
おじさんは父の幼馴染で、船乗りだった。
年に一度、半斗缶に入った蜂蜜を持って来て、数日滞在する。
今回の航海は嵐がきつくて大変だったとか、海の上ばかりだとイライラして船員同士の揉め事が増えるとか、ニュージーランドにも日本人の店ができたなんて、大人の話を聞きながら、届いたばかりの蜂蜜を舐る。
蜂蜜は、半分白く結晶して、ざらりと舌に甘かった。
まるい地球の水平線を越えて、ニュージーランドを思う。
そこはきっと白い花が咲き誇る春の国で、美しい娘たちがヨーデルを歌いながら、茶色い蜜壺に花弁から滴る蜂蜜を集めてまわる。
蜂蜜の鼻に抜けるような花の香りは、異国の味だった。
パンに塗ったり、母の焼く固いホットケーキにかけたり、病弱だった父の作る青汁に混ぜたりして、蜂蜜缶が空になると、またおじさんはやって来る。
時々、つるつるした南国の貝殻や、見たことのない固い木の実もお土産だった。
「こんなもんでも喜んでくれるけん、嬉しかね」
おじさんは小さい私の頭を撫でる。
「ずっとこのまんま、子どものまんまでいてほしい云うんは、勝手な願いかのぉ」
私が年頃になった頃、おじさんは船乗りを引退し、父は亡くなり、蜂蜜は届かなくなった。
随分と大人になってから気が付いたのだが、あれは城詰草(クローバー)の蜂蜜だったと思う。
今でも城詰草の香りがすると、あの甘さが蘇る。
うっとりと聞いていた海の向こうの風景が見えてくる。
そうして私は、春になると、おじさんを探してクローバーの蜂蜜を買いに行くのだ。
(完)
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