ちみ
祖父が亡くなって三年が経った春、実家の蔵を整理していると、奥の棚に並ぶ琥珀色の瓶が目に入った。ラベルには祖父の几帳面な字で「2018年5月」「アカシア」と書かれている。蓋を開けると、甘く芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。
祖父は養蜂家ではなかった。定年後、趣味で始めた週末養蜂家だった。庭の片隅に二つの巣箱を置き、本を読み漁り、近所の養蜂家を訪ね歩いて技術を学んだ。「蜂との対話」と祖父は呼んでいた。
初めて採蜜した日のことを覚えている。防護服に身を包んだ祖父の目が、子供のように輝いていた。「いいか、蜂は正直者なんだ。手を抜けば分かる。誠実に接すれば、それに応えてくれる」煙で蜂を鎮めながら、祖父はそう言った。
その言葉の意味が分かったのは、社会人になってからだ。毎日の業務に追われ、数字に追いかけられ、効率という名の下に何かを削ぎ落とし続ける日々。ふと、祖父の言葉が蘇った。蜂のように、正直に、誠実に。
瓶の蜂蜜をスプーンですくい、口に含む。舌の上でゆっくりと溶けていく甘さは、単なる糖分ではない。祖父が庭の花々を大切に育て、蜂たちが何千回も飛び回り、一滴一滴集めた花の雫だ。そこには時間がある。手間がある。祖父と蜂たちの、静かな共同作業の記録がある。
最近、私も小さなベランダ菜園を始めた。トマトやハーブを育てている。すると、蜂が来るようになった。小さな羽音とともに、花から花へと移動する姿を眺めていると、不思議と心が落ち着く。
祖父の蜂蜜は、あと数瓶しか残っていない。大切に、少しずつ味わっている。そしていつか、自分も蜂と対話してみたいと思う。効率や生産性とは違う時間の中で、小さな命と向き合う。そんな時間を持つことが、今の自分には必要な気がしている。
琥珀色の液体は、ただの甘味料ではない。それは時間の結晶であり、命の営みの証であり、そして何より、祖父が私に遺してくれた、生き方のヒントなのだと思う。
(完)
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