森本 晋
ある日、買い置きしていたジャムが切れてしまった。私は毎朝プレーンヨーグルトを食べる時に足していたものである。今日はジャムなしでそのまま食べるとするかなと思っていたら、台所の隅に未開封の蜂蜜があるのが目に入った。いつ買った物かあるいはもらった物なのか記憶にない。妻に内緒でこれを開けてしまおう。このところ蜂蜜はあまり食べていないので久しぶりの経験である。口にすると実に懐かしい味がする。小さい頃はよくいろんな物につけて食べていたことを、一気に思い出した。
母が焼いてくれたホットケーキにバターのかけらを乗せて、その上からたっぷりの蜂蜜を垂らしたことは、遠い日の記憶である。じわっとスポンジ生地に染み込んでいた蜂蜜が口の中で広がって、甘い物好きであった幼稚園児の私はとても幸せな気分になったものであった。それにしても最後にホットケーキを食べたのは何年前、いや何十年前のことだろうか。
幼かった頃の思い出に浸りながら、蜂蜜をかけたヨーグルトをゆっくりと味わっていた時に、蜂蜜にまつわることをもうひとつ思い出した。子供がまだ小さかった20年ほど前に、皆既日食を見ようとトルコへ家族で旅行した。この時は通り道となるイスタンブールで高級ホテルに宿泊した。一世一代の大出費であったが、宿の設備も従業員のホスピタリティも実に上質であった。そのホテルでの朝食で、パンに添えられていたのが、蜜を充填したままの状態の蜂の巣のかけらであった。巣ごとの蜂蜜というのは初めての経験であったけれど、巣の隔壁は決して味をじゃますることなく、濃厚な蜜の味は皆既日食とともにトルコでの体験の貴重な思い出となったのである。妻も子供たちも初めての「巣ごとの蜂蜜」に興奮気味だった。
子供の頃は細かった私も今では少し太り気味、パンにつけるにしてもヨーグルトに添えるにしても、蜂蜜を食べる量は少し控えめしている。しかし蜂蜜には確かに、これだこの味だという他には代えがたいものがあるように思う。そして蜂蜜の思い出が、時間を越えて私の人生のあちらこちらをつないでくれていることに感謝したい。それにしてもどうして思い出には、蜂蜜を食べていない時期がはさまっているのだろうか。今から思えば、蜂蜜と疎遠であった時間がとてももったいないような気持ちになるのである。
(完)
蜂蜜エッセイ一覧 =>
蜂蜜エッセイ
応募要項 =>
Copyright (C) 2011-2026 Suzuki Bee Keeping All Rights Reserved.