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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

れんげの蜂蜜

佐高 源

 

七十六年も前になる。戦災で焼け出され、田舎の祖父母の許にいたときだった。小学一年生の私は、友だちの家の庭で遊んでいると、ミツバチが飛び回っている。

「なんで庭にミツバチが飛んでいるでえ」

満ちゃんは、私の手を引いた。広い庭の外れには、ミツバチの巣箱が二つ置いてあった。

巣箱の入り口では、かたまりになったミツバチが羽をぶるぶるさせている。巣を飛び立つミツバチ、どこかから戻って来るミツバチ。忙しく動き回っているミツバチを見ていると、目が回りそうになる。

子供の頃の私は、蜂蜜は薬だと思っていた。だから、蜜を集めてくるミツバチは、病気を治してくれる魔法使いのように思えた。そのミツバチを、一度にたくさん見たことはない。珍しくて、その場を離れられなかった。

そこへ、薄手のシャツを着た満ちゃんのお父さんが、鍬を担いで田圃から帰ってきた。満ちゃんのお父さんは、ミツバチを不思議そうに見ている私に声をかけてくれた。

「ちっと待ってろし。いいもんやるから」

蔵に入った満ちゃんのお父さんは、一升瓶を右手にぶら下げてきた。

「れんげの蜂蜜だ。お母ちゃんに持ってけし」

一升瓶はずっしり重い。私は嬉しくて母に早く見せたいのだが、走りたくても重たい一升瓶を落としたら大変だ。大事に胸に抱えて家に急いだ。れんげの蜂蜜と言ったけど、ピンク色ではない。瓶の上の方は澄んでいて、下の方は白く濁って固まりかけている。

「満ちゃんのお父さんに、れんげの蜂蜜をもらった! ピンク色じゃあないけど」

母は大笑いしながら一升瓶に手を合わせた。

「だいじなものを、ありがたいことだね」

母は、私が具合悪くなると必ず薬代りに蜂蜜を飲ませてくれた。寒い冬に風邪を引いたりすると、大きい湯呑み茶碗に蜂蜜を入れて、それに熱いお湯を注いでかき混ぜてくれる。フーフーしながら飲むお湯は、甘くて体中がとろけてしまいそう。甘いおやつなどなかった時代だ。熱が出て頭が痛いのは嫌だけど、風邪を引きたいと思ったことさえあった。

高齢になった私。日中、土手道を散歩していると、黄色い小さな花の周りで羽を震わせているミツバチに出くわした。れんげの蜂蜜がピンク色じゃあないと言って、母に大笑いされた子供の頃が懐かしく思い出される。

「ミツバチさん、こんにちは」

ミツバチに微笑んでしまった。

(完)

 

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