しおみ詩織
私の父は、口数が少ない。日々黙々と農作物に向き合い仕事をしていることもそれに拍車をかけているのだろう。寡黙な代わりに、と言ってはなんだが父は行動がすばやく、姿が見えないなと思っていると実は愛車のジムニーに乗ってサッと出かけていた、ということがしばしばある。行き先は車で3分もしないコンビニだったり、国道沿いの書店だったり様々だ。わたしたち家族は、父が気まぐれで買ってきたコンビニのアイスだったり、タウン誌の最新号が家に増えることで父が出かけていたことを後から知るのが常だった。
母はそんな父の口数の少なさをよくフォローしている。家族のLINEグループを作っても一言も発しない父の代わりにやれ「今日は田植えをした」だの「やっと晴れたので稲刈りをした」だのコンバインに乗っている父の写真付きで連絡をくれる。
社会人としてひとり暮らしを始めた初めての冬のある日、実家の畑で取れたほうれん草が届いた。箱から野菜を取り出して冷蔵庫に片していたところ、箱の底の方に黒い小さな小瓶が入っていることに気づいた。ラベルには「MANUKA HONEY」と書いてある。
早速母に連絡してみると、ふふふと笑いながら「そいづな、お父さんが買ってきたんだど」と教えてくれた。お世話になっている税理士さんの事務所の近くに新しくできた蜂蜜専門店で買ったらしい。「毎日ひと匙ずつ食べっと身体にいいんだとや」父と母が大切そうにひと匙ずつはちみつを食べている姿が脳裏に浮かんだ。「詩織にも送ってやっぺ、ってお父さんが入れたんだ」仕事も大変だと思うけど、身体には気をつけさいよ、と最後に一言添えて、母は電話を切った。やはり、母は父の名通訳なのだな、と思った。
小瓶の蓋を開けてみると、キャラメルを溶かしたようなこっくりとした茶色の液面がぼんやりと私の顔を写した。落ち葉が朽ちるときのような、暖かみのある強い甘さが鼻をくすぐった。スプーンで掬って口にふくむと、蜂蜜の中のざらりとした糖の粒が一瞬で溶けて、思っていたよりもすっきりとした甘さとミントのような清涼感が口の中を通り過ぎていく。ひとさじ食べることで、なんだか守られているような気持ちになった。
言葉にできない愛情を私は今日もいただいている。
(完)
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