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蜂蜜エッセイ応募作品

じいちゃんの蜂蜜

伊若杏

 

初めての出産が近づいた頃、産婦人科の母親教室に出席した。出産の心構えや、新生児の対応などを、助産師さんが順に話していく。しばらくして、話題は離乳食に移った。

「赤ちゃんに、蜂蜜をあげてはダメですよ」

体にいいはずの蜂蜜が、乳幼児には害になる事を初めて知った。自然食品の蜂蜜には、乾燥や熱に強いボツリヌス菌の芽胞が含まれていることがある。少量でも口にすることで、神経に作用する症状が出ることもあると、助産師さんは丁寧に説明してくれた。

「一歳の誕生日を過ぎたら、腸内細菌がしっかりしてくるので、食べても大丈夫です」最後にそう付け加えた。

私の家には、一瓶の蜂蜜が置いてあった。

初孫の誕生を心待ちにしていた父が、何時間もかけて故郷の新潟の山に行き、蜂に刺されながら採ってきてくれた蜂蜜だった。生まれてくる赤ちゃんに、体によくて美味しい蜂蜜を食べさせてあげたい。そんな父の純粋な気持ちが嬉しくて、赤ちゃんが生まれたら、少しだけ舐めてもらおうと思っていた。母親教室に参加していなかったら、きっと蜂蜜をあげていただろう。

長男が生まれると、父は初孫を抱いて声をかけた。

「今は、おっぱいをたくさん飲むんだぞ。大きくなったら、じいちゃんと酒を飲むんだぞ」

破顔とはこのことを言うのだとわかるほど、父は始終、ニコニコしていた。
半年がたち、離乳食を食べている長男を見て父が言った。

「蜂蜜は食べたか?」

私はボツリヌス菌の心配があるから乳幼児に蜂蜜は食べさせない、ということを父に言えなかった、というより言い出しにくかった。

「甘いおいしいものを口にすると、ごはんや野菜を食べなくなるみたい。だから、蜂蜜は一歳過ぎてからあげたほうがいいらしいよ」そう返事をすると、

「そうか、好き嫌いのある子になったら、じいちゃんは困るな」

父はめずらしく、すぐに納得した。

それからさらに半年が過ぎ、一歳の誕生祝いの日を迎えた。息子や私よりも、父のほうが嬉しそうだった。お膳には、お祝いのご馳走と蜂蜜の瓶が並ぶ。父に牛乳を入れたコップを渡し、蜂蜜を少し入れて飲ませてあげてほしいと頼んだ。父がコップにそっと手を添え、息子が一口飲む。息子の笑顔と、それを見守る父の笑顔が、今も忘れられない。

「どうだ、うまいだろう。大きくなったら、じいちゃんと一緒に蜂蜜を採りに行くぞ」

あれから長い時間が過ぎた。

大人になった息子の顔に、亡くなった父の面影が重なる。

(完)

 

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