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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

父と蜂蜜

ちこ

 

「この箱なにかしら?」

父が亡くなって三年が過ぎる頃、母が戸棚の奥から ちょっと重い小さな箱を持って来た。開けてみると瓶に入った蜂蜜だった。

「わあ、アカシアだって。しかも1キログラム。」

そのレトロな ラベルのイラストには見覚えがあった。

「お父さんが 仕舞ってたのを忘れちゃったんだね。」

母が苦笑いする。

そうだった。アカシアの蜂蜜が大好きだった父は、生前 仕事でお世話になった方や、お得意様に せっせとこの蜂蜜を届けていた。いつから戸棚にあったのだろう。瓶の中の蜂蜜はきれいな琥珀色で 窓から差し込む光を通して何とも幻想的に輝いている。

「これ、食べられる?」

私が尋ねると 母は

「食べてみよう。」

と笑った。

スプーンですくって舌の上に乗せてみる。口の中に懐かしい味が広がった。たっぷり口の中に入れても ちっともしつこくない さわやかな甘さ。

「んー、美味しい。」

「そういえば、お父さんは寒い時 蜂蜜のお湯割りに ゆずを入れて飲んでたよね。」

窓から外を見ると、師走の殺風景な庭に 黄色い花ゆずがたくさん実っていた。この木は父が植えたものだ。みんなからトゲが多すぎるとか、イモムシがわいたとか、さんざん文句を言われていた。

私は脚立を出してゆずを収穫し、キッチンで半分に切ってぎゅっと絞った。そこにたっぷりの蜂蜜と熱々のお湯を加えて、何とも贅沢な飲み物ができあがった。

ゆずの香りが漂うリビングで母と二人、湯気の立つマグカップを両手で包みながら少しずつ味わう。母が窓際のテーブルをじっと見つめていた。そこで父は毎朝 湯気の立つマグカップを右手に持って 新聞を読んでいた。

そして今、父の気配を感じる不思議。もしかして このアカシアの蜂蜜は、母と私がこうやって美味しく味わうために、父がわざと戸棚の奥の方に仕舞っておいたのかもしれない。 

(完)

 

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