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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

黄金色の不文律

むらかおる

 

机の上には、開かれた六法全書と、付箋だらけの論文が積み上がっている。人間はどれほど言葉を重ねても、完全な秩序を作れない。思考に疲れ切った深夜、私は無意識に蜂蜜の瓶を手に取っていた。蓋を開けると、濃厚な花の香りが漂う。スプーンですくい上げると、黄金色の液体は糸を引きながら、とろりとヨーグルトの上に落ちた。口に含む。脳の芯まで届くような直截な甘さ。だが、法哲学を専攻する私がこの瓶の中に見たのは、単なる糖分ではなかった。

蜂蜜は、たった一匹では作れない。数千、時には数万のミツバチが、それぞれの役割を果たすことで、初めてこの一滴に辿り着く。 驚くべきは、そこに命令書も契約書も存在しないことだ。女王は独裁者ではなく、種の母に過ぎない。働き蜂は誰に強いられたわけでもなく、花を探し、巣を守り、子を育てる。彼らは守るべき規則を持たずに、壊れない秩序を生きている。利害調整のために法律を編み上げ、それでも争いが絶えない人間社会とは、あまりに違う。この瓶に詰まっているのは、数千匹のミツバチによる、沈黙の協働の結晶なのだ。

スプーンを置き、再び甘さの余韻に浸る。そこには交渉も、妥協も、声高な正義もない。ただ役割を引き受けた無数の存在が、互いを疑わずに働いた痕跡だけが残っている。人間はこの社会を真似ることはできない。私たちは言葉を持ちすぎたし、個という壁を厚くしすぎた。それでも、どれほど複雑な制度を積み上げても辿り着けない調和が、確かにここにはある。 私は空になったスプーンを洗い、再び重たい論文に向き直る。難解な法解釈の迷路に挑むための灯火は、身体の中に灯った。ふと横を見る。六法全書より軽い瓶の中に、完成された社会があった。

(完)

 

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