加納もね子
我が家のリビングには、いつも蜂蜜がある。冬になると、白く固まってしまうけど、ある。夏になると、アリがどこからともなくやってきて、蜂蜜の周りをウロウロするけど、ある。
なぜなら、かなり頻繁に「あれ」が食べたくなるからだ。「あれ」とは、蜂蜜ときな粉を混ぜたもの。きな粉飴とかきな粉棒などという。
作り方は簡単。蜂蜜適量ときな粉適量を器の中で混ぜるだけ。私はそこに少量の粗塩を加える。塩を入れることで、甘さに深みがでるから不思議だ。
「あれ」はいろんな役割を担っている。ある時は、朝ごはん、ある時は、夕食後のデザート、またある時は、10時のおやつに3時のおやつ。それほどたくさんの役割を担うことができる食べ物が、ほかにあるだろうか。
ある。バナナがそうだ。カステラもどら焼きも、「あれ」と同じ役割を担うことができる。しかし、両者の間には決定的な違いがある。「あれ」すなわち、きな粉飴またはきな粉棒は、自分が食べたいと思った時に、好きな分だけ、自分で作ることができるのだ。しかも、甘さの調節も自分でできる。バナナは、そうはいかない。甘さを変えることはできないし、第一、「あれ」に比べて賞味期限が短い。食べたいと思った時に、いつもあるとは限らないのだ。
私が「あれ」を好きなのは、地球のハーモニーを楽しめるからだ。
蜂蜜はミツバチさんが集めてくれた花の蜜である。きな粉は大豆の粉である。塩の原料は海水である。空をとぶミツバチと、大地に育つ大豆、そして、海の塩。空と大地と海。その融合が「あれ」なのである。
蜂蜜の代わりに、砂糖やメープルシロップ、水あめで作ったこともある。でも、だめだった。きな粉飴またはきな粉棒は、蜂蜜じゃないとダメなのだ。
なぜ、蜂蜜じゃないとダメなのか。その理由は三つある。
ひとつ目は、とろみだ。蜂蜜の特徴である、粘度。あの粘度で、パサパサ、パフパフのきな粉を包み込むと、きな粉飴特有の触感ができあがる。
ふたつ目は色だ。ベージュ色のきな粉に、琥珀色の蜂蜜が混ざりあうと、焦がしきな粉のような、香ばしい色になる。
そして、みっつ目は香り。蜂蜜の芳醇な香りは、きな粉の豆臭さ(私はそれが好きだが)をまろやかに包み込む。「あれ」を口に含むと、香ばしさと、まとわりつくような甘さが、ゆっくりと鼻から脳に染みていく。その時、私は、きな粉飴またはきな粉棒になっている。ような気がする。
地球上からすべてのスイーツが姿を消したとしても、私には、蜂蜜ときな粉があるから、大丈夫。そんな想像をしながら、私は今日も、蜂蜜ときな粉を混ぜている。粗塩ひとつまみも忘れずに。
(完)
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