もちこ
カナダに短期留学していた高校二年の孫娘が、帰国の土産にメープルシロップを持ち帰った。メープルリーフの小さな瓶は、森の匂いまで閉じ込めているようで、机に置くだけで部屋が少し明るくなる。
数日たつと、孫娘はパンに少し垂らしては「向こうの朝って、こんな感じ」と笑った。だが私が気になったのは、彼女がついでに買ってきた小瓶のはちみつだった。ラベルには「クローバー」とある。遠い国でも、蜂は同じように花を渡り歩き、甘い記憶を集めているのだ。
うちの台所にも、はちみつはいつもいる。朝、白湯に溶かす小さじ一杯。のどがいがらっぽい日は、レモンを落としてゆっくり飲む。ヨーグルトに回しかければ、眠い頭がすっと起きる。砂糖より角が立たず、体の奥をなだめる甘さがある。料理でも、照り焼きの隠し味に少し入れると、香りが丸くなる。
棚には、国産のアカシア、百花、そば。季節が違うと色も匂いも違い、同じ「甘い」でも表情が変わる。孫娘はクローバーを舐めてから国産アカシアを舐め、「こっち、透明でやさしい」と言った。言葉の端々に、外国で暮らした人の“舌の自信”がのぞくのが可笑しい。
「はちみつって、栄養あるの?」と聞かれたら、私は“勉強”ではなく“暮らし”で答える。風邪気味の夜に母が溶かしてくれたこと、働きすぎた日の紅茶に入れると肩が軽くなること。最近はローヤルゼリーを少し、冬はプロポリスも試す。マヌカハニーは喉が危ないときの“お守り”だ。なにより、甘いものが心を立て直してくれる瞬間がある。蜂蜜は体だけでなく、気持ちにも届く。
話の流れで、故郷のご馳走だった蜂の子を口にしたら、孫娘は見事に顔をしかめた。「それだけは国際化できない」と言う。私は笑って降参し、「じゃあ蜂蜜で世界を渡れ」と瓶を差し出す。
テーブルには、さまざまなカタチのはちみつが並ぶ。孫娘は「夜更かしの味方にする」と言った。受験で煮詰まった夜、私は湯に生姜を落とし、はちみつを溶かして渡す。彼女は一口すすって、「甘いのに、ちゃんと前を向ける味」と笑った。
花から花へ、羽音で集めた黄金色。蜂が運ぶのは蜜だけでなく、未来への小さなリズムでもある。トロントを目指すその背中を、今日もやさしく甘く押してくれるだろう。
(完)
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