北原岳
中学生のとき軟式野球部に所属していた。指導者の熱意と部員のやる気が呼応したのか、名も無き野球部は様々な大会で躍進した。すると父兄も盛り上がるのである。週末の練習には必ず誰かの親御さんが駆け付け差し入れをしてくれる。おにぎりやいなり寿司、から揚げにピザなど、丸一日の練習の合間にがつがつ食べると、部員の腹も心も満たされた。ウォータージャグから注がれる飲み物の一番人気は、そのころ流行したはちみつレモンだった。麦茶や水ももちろんありがたい。だが圧倒的に部員の心をわしづかみにしたのははちみつレモンなのだ。酸味と甘さがほどよくからまり、喉を優しく刺激しながら疲れを癒してくれる、なんてことを考えていた部員はきっと一人もいなかったはずだ。とにかく美味しいし、当時のテレビCMの面白さも加わり、皆、口にするだけで大満足だった。
という話を妻にすると、「だったら」というわけで、自家製はちみつレモン作りが始まったのである。まずはスーパーに行って材料を集めて、となるかと思いきや、妻はスマホで何やら連絡を取り始める。どうやら妻の生まれ育った地元に近い愛媛に住んでいる友人とやり取りしているらしい。そして数分後、「県産の品質抜群レモンを送ってもらえることになった」と言うのである。「おう」としか返事をできずに、次の流れを待っていると、今度は仕事先で知り合ったという中国人と電話を始めた。はちみつレモンと中国? といぶかしがっていると、電話を終えた妻が言うのである。「中国出身の薛さんが言うには、地元の甘粛省のはちみつが有名で品質も良いらしいの。私も知らなかったけど、今回は薛さんから仕入れてみましょう」。
はちみつレモンの話をしてから三日後の日曜日、愛媛の友人から送られたレモンと、薛さんの自宅にストックされてた甘粛省のはちみつが、我が家で出会うことになった。妻はさっそく、沸騰消毒したメイソンジャーに輪切りにしたレモンを入れ、たっぷりとはちみつを注ぎ込む。はちみつの粘り気のある濃い目の黄色が、レモンのさわやかな黄色と重なり深みを出す。半日漬けて完成したレモンのはちみつ漬け。まずはドリンクを飲んでみる。美味い。中学時代に飲んだジュースも最高だったが、妻のは甘みも酸味もコクも天下無双だった。
そして楽しみの夕食の時間、食卓に腰を据えたはちみつドリンクには、アルコールが注がれる。大人の喉を喜ばす甘みと酸味と酒のマリアージュ。最高の時間を演出してくれたすべての食材に感謝しつつ、頑張ってくれた妻と甘酸っぱい乾杯をするのである。
(完)
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