清水祐子
数年前、私はどうしても仕事をする気が起こらず、有給をまとめて取ったことがある。そのときは散らかし放題の部屋で、何もしない日々だった。外では蟻も蜂も働いているというのに。つけっぱなしのテレビから流れた“プロポリス”という言葉が気になり、スマートフォンで検索した。抗菌や抗酸化作用・抗ウイルス作用、免疫調整作用――何、この効果。蜜蜂ってこんなにすごいの? …私なんて足元にも及ばない。きゅっと唇を噛んで下を向いたとき、誤って購入ボタンをタップしてしまった。キャンセルもできたけれど、そのワンタップさえも面倒なときだった。
期待もせずに届いたプロポリスを飲み続けていると、「ちゃんとしたものを食べたい」と思うことが増えた。ある日、同梱されていた試供品の蜂蜜をスプーンにのせてみた。琥珀色の宝石のようにきらきらと輝いて、とてもきれいだった。思わず見とれてしまうほどに…。そっと口に含むとやさしい甘さが体中に広がり、心が自然と満たされていった。その感覚は、小さな頃、母に傷の手当てをしてもらったときの、あの感覚に似ていた。蜂蜜は、傷口の保護にも効果があるらしい。けれど私には、心の傷口の保護にも効いたようだ。この甘さは、ただの糖分じゃない。
ひと月分を飲みきる頃、部屋の隅に転がった空き缶や、乾燥機から出したままの洗濯物を少しずつ片付けはじめていた。部屋の中に新しい風の通り道が次々と増え、太陽の光が部屋の奥まで差し込むようになった。
私の人生は、まだまだ先が長い。完璧じゃなくていい。ゆっくりでいい。立ち止まってもいい。半歩からでも、また歩き出してみよう。気づけば、そう思えるようになっていた。私には蜜蜂パワーがついている。
あの頃の私を知っているカーテンは、今も風をうけて揺れている。そろそろ新しくしてもよい頃かもしれない。ついでに部屋の模様替えをして、紅茶に蜂蜜をひとさじ加えた写真をSNSに上げてみよう。新しいカーテンに合わせたティーポットカバーを作ってみる――そういうのも楽しそうだ。届いたばかりのプロポリスを前に、そんなことを思った。どうやら私は、琥珀色にかがやく魔法をかけられたらしい。
(完)
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