みそ
高校三年の夏休み、私は人生で初めて海外へ留学した。初めての飛行機、初めての一人旅。新境地での生活に大きく胸を膨らませていたが、実際現地に到着してからは、言葉も文化も違う環境に戸惑い、すぐさま孤独を感じてしまった。そして、心細さを抱えたまま迎えた留学二日目。ホストマザーが用意してくれた朝食は、蜂蜜をたっぷりとかけたパンケーキだった。焼きたての湯気とともに立ち上り、鼻をくすぐるあの甘い香り。一口食べた瞬間、心の中で張りつめていた糸がふっとほどけ、冷えていた胸の奥がじんわりと温まっていくのを感じた。拙い英語で精一杯の感謝をホストマザーに伝えると、彼女は青い瞳をゆっくりと細め、唇の端を持ち上げた。異国の地にいても変わらない蜂蜜の甘さが、私に安心を与えてくれた。その瞬間、私は気付いた。振り返れば私の人生にはいつも、母と蜂蜜が寄り添ってくれていたのだと。
最初に思い浮かんだのは、幼い頃、なかなか眠れず夜中に目を覚ましてしまったあの夜だった。母が「これを飲むとよく眠れるよ」と言って、ことことと鍋を沸かし、蜂蜜入りのホットミルクを作ってくれた。あまい湯気が私をやわらかく包み、一口飲むと、口の中に広がるやさしさが全身へと伝わっていく。指先まであたたかさが駆け巡り、体温が上がっていくのを感じつつ、私は布団に入った。瞬きをしたら朝になっていたことを覚えている。
母が働く苺農園で、私も一緒に働くことになった時のことも忘れられない。「同僚なんだから、仲良くね?」と笑う母の傍で、私は受粉に励むミツバチたちと共に汗を流した。花から花へと忙しなく飛び回る小さな体。その一匹一匹の働きが、やがて苺を実らせ、蜂蜜を作り、人の暮らしを支えている。目立たずとも決して欠かすことのできない存在として黙々と役割を果たすミツバチたちの姿は、私の目に母と重なって映った。誰かのために、当たり前のように手を動かし、ぬくもりを与え続けること。今まで当たり前のように受け取ってきた母のぬくもりが、蜂蜜の甘さとなって今も私の中に残っていることに気付いた。
蜂蜜の味は、ただ甘いだけではない。それは、私を見守り、支え、安心を与えてくれた「母」という存在の記憶そのものだ。母とは、血の繋がりに限らず、誰かの心を温め、傍で支え続けてくれる存在なのだと思う。これから先も蜂蜜は、母のぬくもりと共に、私の人生にそっと寄り添い続けてくれるだろう。
(完)
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