米山田 飯
物心ついたときには、「はちみつ」という食べ物を絵本で知っていた。びんに入った甘い蜜。それは動物が焼いたホットケーキといっしょに登場する。
絵本に限らずとも、ファンタジーの世界で、黄色いクマが「honey」と書かれた壺に手を突っ込んでぺろぺろと舐めていたりする。ホットケーキミックス粉のパッケージには、きつね色に焼けたホットケーキの上に、ほんのりと溶けたバターが真ん中に鎮座し、例にもれず蜂蜜がたっぷりとかかっている。いかにも特別な食べ物といった見た目だ。
「まんが肉」最近はそう呼ばれたりもするが、アニメやまんがの中で原始人や海賊が美味しそうに食いちぎる骨付き肉は、現実の世界でどこにも売っていない。だが、「はちみつ」は実在する。こがね色をした甘い蜜。れんげやオレンジの花の風味が甘く口に広がる。「はちみつ」って実は夢みたいな食べ物なのではないか。かつてよだれを垂らしながら読んだ絵本から飛び出して、現実で食べることができるのだ。
就職して数年経ったある休日、発作のようにあの絵本の「はちみつ」が食べたい! と思い立ち、最寄り駅の地下にある喫茶店に向かった。注文した二段のホットケーキに付いてきたのは、丸いプラケースに入ったマーガリンとメープル風味のシロップ。もちろんおいしいのだが、物足りない私は翌日開店したてのスーパーに駆け込み材料を揃え、フライパンいっぱいに大きなホットケーキを焼いた。あつあつのホットケーキの上でバターを溶かしたあと、平皿からこぼれないように、蜂蜜を限界まで回しかける。ナイフで切ると断面に蜂蜜が染み込んで色が変わっている。ひときれ口に運ぶと、カリッとした端っこの食感と、バターの塩気、染み込んだ蜂蜜がしっとりふかふかの生地と一体になる。噛むとジュワッと蜂蜜が口いっぱいに黄色く広がる。絵本で、動物たちが食べていたあの「はちみつ」だ! あれを今食べているぞ、と甘い生地をひときれずつ噛みしめるのだった。
数か月後、役所の帰りに地域の図書館に行き、入り口近くにある絵本コーナーに立ち寄ってみた。思い出の絵本を手に取ると、動物が焼くホットケーキには、なんと、蜂蜜も何もかかっていない。「そんな馬鹿な」と、何度も見返すが、どう見てもホットケーキは素の状態。何ならバターさえ見当たらない。ホットケーキに「はちみつ」の絵本は私の脳が作り出した幻想…。「ま、まあ、おいしいからいいか…」たくさんの絵本の背表紙を眺めながら私は、そっと本を閉じるのであった。
(完)
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