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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

声で揺らす

はやみ うな

 

「芝居はしない!」

師匠は、私たちによくそう言った。

なにを言うんだこの人は、と最初は戸惑った。

私たちはアマチュアだけど、芝居をしたくて稽古場にいるのだった。

大学生になって演劇を始めたのは、観るのが好きだったからだ。物語は映画や小説でも楽しめるけど、観客みんなで同じ世界に没入できる演劇が好きだった。

自分でもやってみたくて、劇団に入った。最初はストレッチに筋トレ、地味なものから始まったけど、セリフをもらえるようになると嬉しくて嬉しくて、思いっきり演じた。すると言われるのだ、「芝居するな」と。

意味は次第に分かった。

演劇は、言葉を届ける行為だ。そして言葉はそれだけで力がある。

たとえば「海」と聞いただけで、自然と海の景色が頭に浮かぶ。お客さんのその想像力を、役者の勝手な芝居で邪魔してはいけない。まずは言葉をきちんと届けること、それが役者にとって大事なことだった。

それからは、とにかく発声に力を入れるようになった。自分が揺らした空気が、一番後ろの席のお客さんの鼓膜をきちんと揺らせるように。そしてあわよくば心も揺らせるように、声を張った。そうこうしていると、冬が深まってきたことも相まって、稽古のたびに喉がつぶれることが増えた。

「プロポリスがいいよ」

稽古終わりに片づけをしている私の背中に、師匠はそういった。

薬局で探すと普通に売っていたが、舐めてみてびっくりした。のどがピリピリするのだ。でもしばらくするとスーッと引いて、喉の痛みが落ち着いた。はちみつが喉のイガイガをコーティングしてくれたみたいだった。

それからは、プロポリスキャンディーは薬でありお守りだった。「明日もちゃんと声がでますように」と祈るように舐めた。声を張っては舐め、舐めては張って、気が付けば本番になっていた。初舞台となるこの作品は、ハチャメチャコメディだけど、コロナで分断された人とのつながりを見つめる温かい物語だ。

リハーサルは慌ただしく終わった。緊張と高揚感で浮足立っていたら、化粧台に置いたいつものパッケージが目に入った。いつもどおり舐めて、深呼吸をする。大丈夫、喉は痛くない。

下手で待機していると、ベルが鳴った。

客席の電気が落ちる。

さぁ、私の声は。

だれかの心を、揺らせるだろうか。

(完)

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