母猫
私の父は、満州からの引き揚げ者です。7歳の時に終戦になり日本へ引き揚げてきたと話していました。
そのことは、ずっと父の中で封印していました。
ある日のこと
夕飯時に「今日の給食はちみつが出てパンにつけて食べたらとても甘くて美味しかった」と何気なく話すと父が「給食にはちみつか」と一言言いました。
そして夕飯が終わり
普段ほとんど喋ることがなかった無口な父が喋り始めました。
父は、物心ついた時には満州にいたそうです。
父の親(祖父)は、満州で「満州はちみつ」の仕事をしていたそうです。
とても繁盛してたくさんの現地の人たちと皆で賑やかに仕事をしていたそうです。
祝ごとは、パンや餅にはちみつをつけて食べそして山盛りの水餃子でみんなして祝ったと満面の笑みで話ます。
それはそれはとても楽しい華やかな時代だったそうです。
しかし戦争が始まり日本が負けて終戦を迎えると事態は一変し
着の身着のまま逃げるように日本に帰って来ました。
日本に帰って来た父達を待っていたのは、貧困と差別です。
「引き上げ者」「日本人の敵」
父の声は、涙声に変わります。
あちこちを渡り歩き辿り着いた地は、北海道でした。
祖父は、炭鉱の仕事で家族を養ったそうです。
北海道の地で父達兄妹は、「満州のことは、一切言わないこと」と親に強く言われて育ったと言っていました。
ある日父と父の妹(叔母)は、露天のはちみつがとても懐かしく露天商の前で立ちすくんでいた時に祖父に手を強く引っられて
「はちみつ売りに近づくな」と酷く怒られたと父は、苦笑しながら話ていました。
子供の頃我が家の食卓にはちみつが上がったことは、ありませんでした。
その理由がその日分かりました。
仏壇には、小さなはちみつがひとつ供えられています。
祖父母と父が一番華やかだった時代のはちみつが。
(完)
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