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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

羽音の残響

木南木一

 

看板に蜂が描かれていた。子どもの手でなぞったように拙い線で、黄色と黒がむらに塗り分けられている。瞳は寄りすぎて、笑っているのか、こちらを試すように見つめているのか判然としない。美しいとは言えない。むしろ滑稽で、時代から取り残されたような意匠だ。けれど、その素朴な姿に奇妙な吸引力があった。

蜂蜜には関心がなかった。値段は高いし、台所の片隅に置かれても使い道が限られている。砂糖のように気軽ではなく、遠い存在のままだった。だから蜂蜜をかけたアイスなど、選ぶことすら想像していなかった。あの日、その店の前に立ったのは、ただ観光地の一角を確認しておこうという、義務のような気持ちに過ぎなかった。

それでもスプーンを差し入れ、一口を口に含んだ瞬間、時間の底に沈められた。冷たさが舌を凍らせ、その奥から蜂蜜の甘さが静かに広がっていく。砂糖が描く直線的な甘味ではなく、幾重にも折り重なった光の層のような、花々の記憶を伴った甘さだった。ひとつの季節が溶け込み、かすかな羽音が耳の奥で反響するような感覚。気づけば夢中で匙を運び、カップはあっという間に空になっていた。

観光地の片隅で出会った一杯のアイスは、ありふれた日常の皮膜をやすやすと突き破り、僕の中に未知の風景を開いた。これまで遠ざけてきたものに、こんな豊かさが潜んでいたとは。静かな感嘆が胸に残った。

店主は、蜂の巣箱や季節ごとの花の移ろいを、雑談のように語った。無数のミツバチが集めた蜜が、そのままアイスへと姿を変えていく。自然の微細な循環が、カップの中に凝縮されていることを思うと、目の前の甘さは単なる菓子ではなく、時間そのものを舌で味わっているように思えた。

帰宅してから、僕は誰彼かまわず語り始めた。「あの店のアイスを食べたことはあるか」と。これまで見向きもしなかったくせに、今ではその味を伝えずにはいられない。記憶の一部に深く刻まれ、思いがけず布教者のような熱を帯びてしまったのだ。

あの不格好な蜂の看板も、いまでは奇妙に愛おしい。夜道を歩いていると、ふと脳裏に浮かぶ。暗がりにぼんやり浮かぶ、拙い輪郭の蜂。その背後には、現実のミツバチたちが絶え間なく羽音を響かせている。小さな体が集めた蜜が、ひと匙の甘さへと結晶する。

アイスは瞬く間に溶けて消える。それでも、あの味は今も舌の奥に残っている。夏の午後の幻のように、触れればすぐに崩れるのに、決して消えきらない。蜂蜜の甘さは、ただの味覚ではなく、時間や風景を保存する力を持っているのかもしれない。忘れかけた記憶を呼び戻し、胸の奥に静かな灯をともす。その灯りは、今もかすかに揺れている。

(完)

 

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