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蜂蜜エッセイ応募作品

甘く優しい記憶

岡崎 恵子

 

 当たり前のように、パジャマと新しい下着が置いてある。
 
 暴風雨だというのに学校から自転車で帰って来たものだから、母は私の姿を見るや悲鳴をあげた。
 鞄こそゴミ袋(ビニール袋より大きいから、鞄を入れるには都合が良かった)に入れて厳重に雨風から守っていたが、自分自身は雨ざらしだった。だって、傘なんてさせる状況じゃない。ゴミ袋を被る勇気もなかった。
 問答無用、お風呂に放り込まれた。
 
 扉越しに、濡れた制服を洗濯機に入れる母の様子が伝わってくる。小言の一つ二つでもあるかと、湯船の中で息をひそめた。隠れようにも中にいることはバレバレなのだけれども。
 
 仲が悪くなった訳じゃない。高校生になってだんだんと母に話すような出来事がなくなっていっただけだった。優等生だった私はもう、どこにもいない。
 「牛乳あっためておくね。」
 母の声は、いつもと変わらない。
 
 まだ他に家族の誰も帰って来ていない、二人きりの食卓。温かい牛乳を飲みながら、何を話したのか。…思い出せない。いつ振りだっただろう、あんなにたくさん喋ったのに。
 覚えているのは、あたたかい牛乳に蜂蜜を入れてくれていたことと、窓から差し込んだ雨上がりの夕日が金色だったこと。そして、話を聞く母の嬉しそうな笑顔。
 飾ることも取り繕うこともないと知ったあの時の安心感は、他愛もなくただ愛おしく、甘く優しい記憶となって、今も私をそっと支えてくれる。

 

(完)

 

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