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ハチミツ山の飛べない蝶

satori

 

 自宅の庭にレモンの若木がある。春になるとナミアゲハがやってきて、新芽に卵を産み付けていく。
 枝葉を伸ばすための大事な時期だ。駆除しなければならないが、懸命に葉をかじる姿を見ているとそれもできず、私は毎年、レモンについた幼虫たちを虫かごで育てている。
 蛹の表面に、翅の模様が透け始めてきたある日。羽化を楽しみにしながら仕事から戻ると、蝶が一匹、虫かごの底でもがいていた。蛹を破って表に出た後、皺だらけの翅を伸ばして乾かすのだが、その最中に落下したようだ。翅が折れた状態のまま固まってしまい、飛ぶことができない。
 私は後悔した。もう少し早く帰ってきていれば、助けられたかもしれない。
 自然に帰すつもりだったが、この状態で外に出せば、他の生き物の餌になるだけだ。私は蝶を別の虫かごに移して、このまま面倒を見ることに決めた。
 スーパーではちみつを買った。水で薄め、ひたひたになるまでティッシュに吸わせて丸めると、ペットボトルのキャップに収める。はちみつ山を気に入ったのか、蝶はいつもそこに止まっていた。ときどき丸まった口をストローのように伸ばし、はちみつを吸っている。
 他の蛹は、じきに羽化して、外に羽ばたいていった。食事を交換しようと、取り残された蝶の虫かごに手を入れる。細い脚が、指から腕と、どこまでもよじ登ってくる。翅を小刻みに動かして、諦めずに飛び立とうとする姿を見ているうちに、私は蝶の存在に励まされるようになっていた。
 二週間を過ぎても元気だったが、それから日に日に羽ばたきは弱くなり、蝶はお気に入りのはちみつ山にしがみついたまま動かなくなった。
 羽化不全の場合は一週間ももたずに死んでしまうものらしい。成虫の平均寿命でも二週間だから、奇跡的な長寿だったのだ。
 冬のある朝、ヨーグルトを食べようとして、私はふと、はちみつがあったことを思い出した。少しだけ垂らしてみる。ヨーグルトを掬ってスプーンを口元に近付けると、レンゲ花の香りがした。まろやかな甘さが口の中に広がってゆき、思いがけない幸せに頬が緩む。頭の中に、初夏の思い出が蘇っていた。

 

(完)

 

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