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蜂蜜エッセイ応募作品

「安らかに お元気で」

倉井 一豊

 

12年前、47歳の時に会社をリストラされた私は、中学生と高校生の2人の子供を抱えていた為、必死で仕事を探したが、どこにも採用されず、仕方なく24時間営業のスーパーで夜勤を始めた。
その頃、週に2度ほど来店される老齢のご夫婦がいらっしゃり、いつも店で1番大きい蜂蜜を買った。
毎回レジで何気ない会話をしている内に、随分親しくなっていたある日、いつものようにご夫婦がお買い上げの商品をレジ打ちしている私に旦那さんが口を開く。
「この蜂蜜は美味しくてね。
食パンにこれを塗るだけで何枚でも食べられちゃうよ」
「そうなんですか。今度やってみます」
「是非。お勧めですよ。
妻も気に入っていますし」
微笑みながら語る旦那さんの横で、奥さんも小さく頷いている。
お2人共髪はほぼ白髪だが、身なりはきちんと清潔にしていらっしゃり、世間的に高級住宅地と言われるこの辺りにお住まいとなると、あくまで想像だが、それなりの会社を定年まで勤めあげ、その後夫婦で片寄せ合い仲良く静かに暮らしているのだろう。
”俺達もこんな風に年を取りたいもんだな”
約30年連れ添っている、けれどたまにどうでもいいことで口喧嘩をしている、安マンションに住む妻と私を思い浮かべ、あまりの落差に1人で苦笑いした。
それから数年後、しばらくお店に来ない日が続いた。
お歳のこともあり心配している中、久しぶりに奥様お一人で来店された。
「今日はご主人は、お留守番ですか?」
挨拶がわりに口先だけの言葉を発したことをすぐに後悔した。
「主人は1ヶ月前に亡くなりました」
「えっ?!」
驚く私に奥様が続ける。
「それで、私一人で大きな一軒家に住んでいてももったいないので、家を売って、岩手に住む娘夫婦一家と暮らすことになりました。
ですので、この店に来るのは今日で最後になります。
親しくしていただいて本当にありがとうございました」
「それは失礼しました。
残念ですが、そのような事情では仕方ないですよね。
お元気で」
レジ精算を終えると、奥様は荷物を詰め軽く会釈をして店を出て行った。
昨今は、うまくいかない自分の人生の不満をはらそうと、ちょっとしたことでクレームをつける客が多い中、穏やかで気遣いのできる奥様と天国の御主人に頭を下げた。
その日、あのご夫婦が大好きだった蜂蜜を買って帰宅し、パンに塗って食べてみた。
あまりの美味しさと、大切な物を失ってしまったような喪失感で瞳から水滴が零れ落ちた。

 

(完)

 

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