平安時代後期の公卿で藤原宗輔という人がいます。
彼は太政大臣で、別名〝蜂飼大臣(はちかいおとど)〟という異名を持っていました。
なぜ彼が〝蜂飼大臣〟なのか?
実は彼、蜂を手なづけるという特技を持っていたのです!(笑)
そしてその不思議な存在から『今鏡』や『十訓抄』にも登場してきます。
しかも飼っている蜂の一匹一匹に、「なに丸」とか「かに丸」とか名前をつけていたと言いますから驚きです。
でも、何万もいる蜂の名前を考えるものさぞ大変だったことでしょう。(笑)
そして、蜂たちは宗輔の言う事をよく理解し、
「なに丸、こうしなさい」
と言うと忠実に従ったといいます。←ホント~??
例えば、気に入らない人がいれば蜂に命じて刺させたそうですヨ。
『十訓抄』では、この藤原宗輔という人は次のように描かれています。
『宗輔が宮中に参内する際、牛車の窓に蜂がぶんぶん飛んでいたのを、彼が「止まれ」と命令すると、蜂は止まって静かになりました。
当時の日本では養蜂は「無益な事」と言われ人々から嘲笑されていましたが、五月の頃、宮廷内に巣栄した蜂の巣が落ちて、天皇の御前に無数の蜂が飛びまわるという事件が起きました。
そこにいた人たちは慌てふためき逃げまわっていましたが、かの宗輔は落ちついて、天皇の御前にビワの実があったのを見つけるとそれをひとふさ取り、琴の爪で皮をむいてそのビワを高くかざしました。
すると蜂たちは全部その実に集まって、おとなしくなったといいます。
天皇は、
「折り良く宗輔がいて助かった」
と言ってたいそうお褒めになったということです。』
蜂を飼いならすなんて、そんなことが本当にできるのでしょうかネ?
もしできるのなら、その技術を当場でも取り入れたいです!(笑)