ミツバチと共に90年――

信州須坂 鈴木養蜂場

はちみつ家

Suzuki Bee Keeping

サイトマップ RSSフィード
〒382-0082 長野県須坂市大字須坂222-3

記事一覧

「戦争と平和」からもうひとつ、蜜蜂の話

昨日はトルストイの「戦争と平和」から、ミツバチが取り上げられている箇所を紹介しましたが、今日はもう一か所、別の部分を紹介したいと思います。

第四巻のエピローグ第1篇の4の後半に、こんなことがつづられています。

『太陽もエーテルの各原子も、それ自身完成した世界であると同時に、人間に量りえられないほど巨大な、ある全体の一原子に過ぎない。それと同じように、各個人もそれ自体においてめいめいの目的をもっているが、それは人知に及ばない共通の目的に奉仕するためなのである。
花にとまっていた一匹の蜜蜂が子供を刺した。すると、子供は蜜蜂を恐れて、蜜蜂の目的は人を刺すことだと言う。詩人は花の杯から蜜を吸っている蜜蜂に見とれて、蜜蜂の目的は花の香気を吸いこむことであると言う。養蜂家は蜜蜂が花粉と甘い液を集めて、それを巣へ持って帰るのを見ながら、蜜蜂の目的ほ蜜を集めることにあると言う。他の養蜂家は蜂の生活をいっそう精細に研究して、蜜蜂は子蜂を育て女王を養うために花粉と蜜を集める、したがって、蜜蜂の目的は種の持続にあると言う。植物学者は、蜜蜂が雌雄異株の花の花粉を持って雌蕊(めしべ)に飛び移り、それに授胎するのを認めて、この点に蜜蜂の目的を見る。他の植物学者は植物の移動を観察して、蜜蜂がこの移動を助けることを知る。すると、この新しい観察者は、ここに蜜蜂の目的があると言うかもしれない。しかし、蜜蜂の究極の目的は、人知が発見しうる第一、第二、もしくは第三の目的によって尽きるものではない。これらの目的を発見する上において、人知が向上すればするだけ、究極の目的の不可解なことがいよいよ明白になるのである。
人知の及びうるのは、ただ蜜蜂の生活と他の生活現象の一致点ばかりである。歴史的人物と民族の目的もそれと同様である。(米川正夫訳)』

なんか読んでいるうちに、途中からヤダくなってしまったことでしょう。(笑)

でも昨日のブログの内容に続き、これもまた、歴史的人物と民族の目的、あるいは太陽や原子といった超ムズイ(←もう死語か?笑)命題に対して、ミツバチを例にとってつづっていますネ!

けっきょく“究極の目的が不可解であることがいよいよ明白になる”と言っていますから、いろいろ追求しても、それを考える人の立場によって見解も変わるのだから結局は分らないけど、それは共通の目的に奉仕するためなんだヨということのようですが、なんだか書いていてよく分りません。(笑)

要するにソクラテスが言った「無知の知」と似ているような……?

でも“人知に及ばない共通の目的”って何なのでしょうかね?
気になります……。ハチミツでも食べて考えましょう。(笑)

はちみつ家メニュー

Copyright (C) 2011- Suzuki Bee Keeping All Rights Reserved.